
ごく普通の住宅街の一軒家の一室で、箱に入った男の死体が発見される。そのニュース映像を、深刻な面持ちで眺める女性・由美子。『箱の男』(都会/白泉社)は、そんなミステリアスな情景から幕が開ける。
箱の中で暮らす“父親”と暮らす少女の日常生活

冒頭から遡ること13年前。ある幼稚園で、園児たちが「家族の絵」を描いている。ひとりの少女が、先生に、にこにこ笑顔で描きあげた絵を見せる。それは大きな横長の箱だった。壁面には穴が開いていて、にゅっと手が突き出ている。思わずぞっとする先生。「冷蔵庫かな?」と問いかけると、その少女――由美子(5歳)は、屈託なく「パパだよ!」と答える。
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職員室で先生は、去年由美子を担任した同僚から説明される。
由美子ちゃんのお父さんは心の病気で、自分の部屋から出てこられないそうなのだ……と。なあんだ、とほっとする先生(と私たち読者)。そう。ほんとうに箱の中に住んでいる人間なんて、いるはずない――。
その思いはあっさりと覆される。
由美子の家のリビングルームには、実際に大きな箱が置かれてあった。「パパー! 起きてる?」由美子が声をかけると、穴からにゅっと手が伸びて食事を受けとる。「good!!」と意思表示もする。父と娘のそのやりとりを、母は和やかに見つめている。
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かわいらしいとも、ユーモラスとも言えなくもない光景だ。だけど、胸の奥がすうっと冷える。この光景をどう受けとめたらいいのだろう。絵柄が朗らかであるだけに、戸惑いが広がってくる。
由美子の父は箱に入ったまま、積極的には言葉を発しない。コミュニケーションはもっぱら手のサイン。食事も排泄も箱の中でしている。おそらく入浴もしていないのではないだろうか。明らかに異様な状況であるにもかかわらず、由美子の目にはそれが“日常”として映っている。
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けれど園児から小学生、そして中学生へ成長していくにつれ、彼女の心には次第に疑問が生じてくる。大好きだった父親への反発心の芽もまた。

我が家はやはり普通ではないのではないか。そもそも、どうして父は箱の中にこもってしまったのか。加えて父も母も、なぜ昔のことを語ろうとしないのか。やがて高校生になった由美子は、彼氏とともに両親の結婚写真を手がかりに、父の素性を調べはじめる。
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母親の結婚写真に写る男性は、海外在住! 「箱の男」の正体は?
そして驚愕の事実が判明する。花嫁衣裳に身を包む若き母の隣で微笑んでいる新郎は、海外在住の人物だった。では、いま現在自分の家にいる“箱の男”は誰なのか? 母への不信に駆られた由美子は、意を決してある行動に出るのだが……。
ここから物語は思わぬ方向へと進む。それまでずっと献身的に父を支えてきた母の背景が明かされて、由美子は我が家の“秘密”を知ってしまう。箱の中の“男”の正体は? 母がこの生活を続けてきた“目的”は? そして父と母が由美子に託した“思い”とは?
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さまざまな謎が――冒頭に出てくる事件と由美子一家の関わりも含めて――解けたあと、読む人の胸にはどんな感情が残るだろう。おぞましさか、悲しさか。もしかしたら感動に近いものを覚える人もいるかもしれない。
日常と異常の境界線をゆさぶってくるサイコサスペンスにして――切実な家族の物語だ。
文=皆川ちか
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