
僕は現在、YouTubeチャンネル『斉藤紳士の笑いと文学』を運営している。このチャンネルでやっている企画のひとつにある小説を取り上げ、ストーリー展開や見どころなどを事細かに紹介する、というものがある。その企画の中で紹介したもので最も反響が大きかった作品のひとつが『五分後の世界』(村上龍/幻冬舎)である。
村上龍の作品群の中で、やや異質だったこの作品はのちの村上龍作品を見るとひとつの転換点になったのは間違いない。高校の図書館で読んで衝撃を受けた『限りなく透明に近いブルー』から連綿と続いていた徹底的にリアルな作風と最新のトピックを小説に落とし込む先見性からは少し外れた、それこそ五分ずれこんだかのような新境地を見せている。それがSF的な要素と専門性の高い情報を惜しげもなく描写していくスタイルである。
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広島・長崎への原子爆弾投下後も無条件降伏を拒否した世界線
箱根でジョギングをしていた小田桐はふと気がつくとどこだか分からない場所を行進する集団に紛れ込んでしまっていた。
そこは5分ずれたパラレルワールドで、その世界では第二次世界大戦後も戦争が続いていた。
SF小説のようなショッキングな設定の小説『五分後の世界』は今から30年以上前に村上龍によって書かれたものである。
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当時は完全な創作物として楽しく読むことができたが、令和8年の現在、この小説を読むと現代との相似性に背筋が寒くなってくる。
「五分後の世界」では、大日本帝国は広島・長崎の原子爆弾投下後も無条件降伏を拒否し、その後も繰り返し原子爆弾での攻撃を受け、焦土と化していた。本土はアメリカやソビエト(ロシア)、中国や英国に分割統治され、純血な日本人は地下に巨大な国を建国している。地下の国はアンダーグラウンド(UG)と呼ばれ、人口はたった26万人まで激減していた。だが、日本人は第二次世界大戦後も民族の誇りを失わず、駐留している連合国軍を相手にゲリラ戦を繰り広げていた。
発表当時はこの小説が完全なエンタメ作品として楽しめるほど戦争は遠い出来事になってしまっていた。
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実際、日本を分割統治する案は戦勝国の間で出ていたので完全な絵空事でもないのだが、バブルの名残があった90年代半ばの平和ボケした日本人には荒唐無稽な話として認識されていただろう。
引用----
「もし、本土決戦を行わずに、沖縄をぎせいにしただけで、大日本帝国が降伏していたら、日本人は「無知」のままで、生命をそんちょうできないまま、何も学べなかったかもしれません」
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アンダーグラウンドにある小学校の教科書にはこのようなハッとするような文言が書かれている。あの戦争から我々日本人は何を学んできたのだろうか。
もちろん、現在日本が再び世界的な大戦に巻き込まれるような切迫した状況ではない。だが、静かに、ゆっくりと国情は変わりつつある。
そのひとつとして日本国内における外国人居住者の増加が挙げられるだろう。30年前には想像もしていなかった事態である。日本国内の移民(中長期在留者と特別永住者)の数は全人口の3%に達している。これは世界の移民数の比率とほぼ同等である。
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安い労働力を海外に求めた結果、移民の数は膨れ上がり、このままだと欧州にも引けを取らないほどの移民大国になってしまう。排外主義なわけではないが、日本の出生率低下の問題と合わせると将来的には楽観視できない数字がはじきだされることに不安を感じてしまう。
日本は地政学的にみても外国からの侵略を受けにくい国である。極東に位置する島国である日本が外敵に晒された事例は少なく、歴史上2番目に版図を広げた元(げん)ですら侵略は未遂に終わっている。
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銃や槍を持って侵攻してくる外敵には対抗できるが、手を合わせお辞儀をしながら入国してくる移民に日本人は対抗できないかもしれない。
また、欧州よりも経験やノウハウのない日本人が慣習や宗教の異なる異文化とどこまで共存できるのだろうか。
たとえばクルド人の土葬問題やムスリムの風習など、日本では経験のない文化を持ちこまれたとき、毅然と対応することができるだろうか。気がつけば、本土は外国人に支配され、気のいい日本人は地下へと逃げ込んだりしないだろうか。
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「五分後の世界」は国連軍と戦闘を続ける小田桐が仲間のミズノ少尉を抱き抱える場面で終わる。
引用----
「暗闇に向かって歩き出す。生きのびるぞ、と小田桐は思った。オレも死なないし、こいつも死なせない。」
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日本人としてのアイデンティティを保ち、移民問題に立ち向かっていかないとそう遠くない未来、それこそ「五分後」には取り返しのつかないことになるかもしれない。この小説はそんな現代社会に強烈なメッセージを投げかけている。
文=斎藤紳士

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