サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出・「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第20回はやまぎわ回。
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第20回(やまぎわ)「芸人とカネ問題」
第20回(やまぎわ)「芸人とカネ問題」
お疲れ様です。やまぎわです。
このコラムもついに20回目を迎えました。ビュー数が0の物に原稿料が発生し続ける訳もないですから、本当いつも読んでくださっている皆様のおかげです。誠にありがとうございます。
さて、今日は皆さま大好きなお金の話をしたいと思います。芸人の間では、「誰が食えてるか」「あの仕事でいくら稼いだらしい」といった話が楽屋の定番トークになっています。それもそのはず、芸人の報酬体系は非常に不透明で、収入が読めないからこそ、他人の稼ぎが気になるのです。
会社員は大体報酬レンジが固定化されていますよね。例えば新卒だったら大体月収20万円台からスタートで、十年働けば30万円後半くらいかな、みたいな。
しかし、芸人に支払われる報酬は全く体系化されておらず、報酬を決定する仕組みも非常に「なんとなく」なものです。
ここですこし人事的観点から会社員と芸人の違いを整理させてください。もう少し広く捉えると、「賃労働」と「個人事業主」の違いについてです。
労働者が自身の持っている労働力を使用者(雇用する人)に販売する代わりに報酬を受け取ることを「賃労働」と言います。使用者は労働者に必ず報酬を支払わなくてはならず、労働者の生計を成り立たせるため最低賃金を下回ることはありません。
一方芸人は、基本的に「個人事業主」として扱われます。ライブに出るというのは、雇われて働くのではなく、「演目を委託されて出演する」という形の業務委託契約です。だから、最低賃金や労働時間の制限といった法律の保護も受けません。
例え12時間拘束されたライブのギャラが1円でも、「お互いが納得してるんやったらええんちゃう」と片付けられるのが芸人です。
ただ、法律に完全に守られないというわけではありません。2024年11月に施行された所謂「フリーランス新法」では、個人間の業務委託契約であっても契約条件は事前に書面やデジタルで明示しなければならなくなりました。
これはLINEのメッセージやXのDMでも問題はないので、トラブルを防ぐためにもライブオファーの際は事前にギャラと支払い日を明確にしておくのが良いでしょう。むしろ提示するのが主催者側の義務といえます。
とはいえ、芸人は労働者に比べて圧倒的に保護されていないのも事実です。特に若手の芸人は「ライブに出られることそれ自体が有難い」という論理の中に当てはめられ、拘束時間に対して著しく低いギャラでも喜んで出演せざるを得ないというのが現状でしょう。
それ故に技術もプロップスもない若手芸人は腕を磨き評判を上げるため、ノーギャラ、ましてやエントリーフィーを支払ってライブに出ています。「あのライブ主催者は芸人からのエントリーフィーで車を買った」という話が、芸人の間では実しやかに囁かれています。
そんな芸人たちのことを、皆様は可哀想だと思うでしょうか。ただどうしても芸人は、目に見える成果を上げやすい会社員と比べて、「面白さ」という極めて曖昧で主観的なもので評価されざるを得ません。それをうまく証明しなければ報酬支払いの対象にはなれませんし、全芸人を食わせられるだけのパイもないのです。
ライブで腕を磨き、評判が上がったり賞レースである程度面白さを示せると、種々のライブ団体から有償のオファーをいただけるようになります。ただ明確な報酬テーブルが用意されている訳ではありません。「このコンビはこれくらいの芸歴でこれくらいの頑張り度合いだから〇〇円くらいかな」というライブ主催者の方の一存でギャラが決まっています。完全にえんぴつ舐めの世界です。
では一体いつになったら芸人のお仕事だけで食えるのでしょうか。悲しきかな、芸人界では「春闘」の文化がありません。やっぱり舞台数が減るのが怖いですし、影響力のあるような上位の芸人は既に良い額を貰えちゃってるので、あえて声を上げることもないのが現状です。
結局、「有名になって、ライブ以外の仕事を得る」しか道はないのでしょうか。ライブギャラが数千円の一方、企業案件でネタを披露すると、数万~数十万円になることもあります。
個人的には「同じネタをやってるのに、なんでこんなに金額違うんだろう」と思ってしまいます。法律上には「同一労働同一賃金の法則」という考え方があります。立場が違っても同じ労働には同じだけの賃金が支払われるべきだ、という考えで、芸人の世界は明らかにそれに反しています。
ただやっぱりネタの面白さを即時で定量的に測定することは難しいため、「〇〇GP優勝!」や「SNSフォロワー〇万人!」と言った分かりやすい指標を持てたごく僅かの芸人にのみ報酬が集まり、Winners take allの現状を作り出しているのです。特に企業は数字と結果が評価軸の全てであり、「本当に面白いかどうか」は評価の対象となりません。
例え面白いネタをしていたとしても、上手くパワーを持った人の目についたり、何か分かりやすい結果を得なければ、そのネタに本当に見合った報酬を受け取れないのが現実です。
もし貴方に面白いと信じてやまない推しの芸人がるのなら、是非ライブアンケートの「お目当ての芸人」欄に名前を書いてあげたり、SNSでちょこっと名前を出したりしてあげてください。そういった一つ一つの声は、定量的な指標として確実に芸人を後押ししています。
■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出。
無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao
無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin
無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane