
『桃太郎』といえば、日本人にとって最も馴染みのある昔話の一つだ。桃から生まれた勇敢な少年が、犬・猿・キジと共に鬼を退治する――そんな勧善懲悪の物語が、もし「正義とされていた桃太郎側こそが、真の“悪”だった」としたら?
『桃源暗鬼』(漆原侑来/秋田書店)は、この大胆な問いかけから始まる漫画だ。桃太郎の既存のイメージをひっくり返す形で、正義の曖昧さをダークファンタジーのような雰囲気であぶり出す。1巻では本作の世界観と、主人公の鬼としての覚醒が鮮烈に描写される。
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本作の主人公・一ノ瀬四季は、ごく普通の高校生だった。しかし彼には“父親が鬼だった”という出生の秘密があった。本作の世界には桃太郎機関という、国家と結びついた「鬼を排除すること」を正義とした機関が存在しており、彼らは鬼の血を引く者たちを追い、暴力的に処分する。鬼の血を引く彼の日常はその桃太郎機関による突然の襲撃によって破壊される。四季を守るために父が死んだことをきっかけに、彼は鬼の血を引く者として覚醒、桃太郎機関と戦うことになる。
桃太郎が「正義」ではなく、「抑圧する側」として描かれることで、読み手の先入観は覆る。本作は単なるバトル漫画ではない。1巻の段階では詳細は明かされないものの、私は読みながら「桃太郎がやっつけた鬼は、ふだんどのような生活を送っていて、急な襲撃によって理不尽さを感じなかったのだろうか」と自分に対して問い直した。
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これは現代でも通じることで、「自分が悪だと感じていることは、本当にそうなのだろうか?」と言い換えられる。彼の感情が爆発するシーンに着目してほしい。彼は桃太郎機関による理不尽さや抑圧に対して、怒りをあらわにする。四季の善悪の先入観もまた、ひっくり返されるのだ。
脇を固める登場人物も見逃せない。本作には桃太郎と対抗する組織「鬼機関」があり、桃太郎機関と戦える能力があるのか、四季は「鬼機関」に試されることになる。そのために彼は命がけの審査を受けなければならなくなるのだが、その審査員は四季と同じ鬼である無陀野無人である。無駄を嫌い、表情の変わらない無人は、四季にはないクールさと冷酷さを併せ持っていて、彼に惹かれる読者も多いだろう。その審査に四季が通れるかどうかが、中盤での軸となる。
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また、後半では次巻に向けての見どころも用意してある。桃太郎機関に対する訓練をメインとする軍隊学校「羅刹学園」が登場するのだ。その学園に通う生徒たちは個性にあふれていて、全員、それぞれに通うことになった背景があることを示唆している。鬼の血を引く者は、四季だけではないのだ。登場人物全員の背景は何なのか。そう疑問に感じたとき、私はすでにページをめくる手が止まらなくなっていた。鬼の血を引く者としての重い宿命を背負っている四季。彼は自分の正義を模索しながら戦う。その行く末に何が待ち受けているのだろうか。
彼はダークヒーローであり、悲劇の人物ともとらえられるが、鬼の血にあらがうのではなく、桃太郎機関と立ち向かう道を選ぶ。彼を「悪」だと断じることはだれもできないだろう。迫力あるバトルと人間ドラマのはざまで、四季は何を見つけていくのか。1巻の時点では明かされない多くのこと。2巻以降の期待が高まる。
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コミックス累計400万部を突破した話題の本作。現在24巻まで刊行されており、2025年7月には25巻が発売、同じ7月より待望のTVアニメも放送予定だ。この機会に、ぜひ読み始めてみてはいかがだろうか。
文=若林理央
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