『ONE PIECE』初代編集・浅田貴典が縦読み漫画アプリを手がける。ジャンプらしい「キャラの魅力」と「漫画家へのリスペクト」が詰まった集英社のチャレンジ【ジャンプTOON統括編集長インタビュー】
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「ジャンプ」が縦読み漫画業界に参入した。
2024年5月29日、集英社が満を持してリリースした縦読み漫画アプリ「ジャンプTOON」。誕生間もない媒体ながら、既にいくつかのヒット作品を有しており、各方面からの注目を集めている期待の新星である。ダ・ヴィンチWebでは、「ジャンプTOON」統括編集長である浅田貴典さんにインタビューを実施した。
浅田貴典さんといえば、「週刊少年ジャンプ」で『ONE PIECE』や『BLEACH』、ジャンプSQ.では『血界戦線』などを立ち上げた敏腕編集者。発足秘話から、その意義、また連載中のイチオシ作品など、「ジャンプTOON」にまつわる様々な話を伺った。
集英社の強みを生かした作品づくりをしている
――本日はよろしくお願いします。まずは「ジャンプTOON」が立ち上がった経緯を教えてください。
浅田貴典さん(以下、浅田):3年ほど前に社内で縦読み漫画事業が立ち上がりました。後発で縦読み漫画業界に参入するにあたって、LINEマンガさんや、ピッコマさんなどトップランナーのやり方や作品を調べるところからのスタートだったと記憶しています。
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――これまで『ONE PIECE』『BLEACH』などジャンプの人気作を手がけてきた浅田さんが「ジャンプTOON」編集長に就任されたのはどういった経緯なのでしょうか?
浅田:私自身はあんまり縦読み漫画を読んでいなかったので、このポジションの相談があったときに受けるかどうか悩んだんですよ。でも実際に読んでみたら「面白い縦読み漫画がたくさんある!」とシンプルに思えまして。こんな新しい土壌で自分もチャレンジしてみたいと思い、編集長を引き受けました。
――縦読み漫画が登場し始めた頃は「読みにくい」など既存の横読み漫画ファンから敬遠されていた面もあったかと思います。浅田さんはそういった違和感などはなかったのでしょうか?
浅田:縦読みだろうが横読みだろうが、面白いと感じられたら、それを素直に受け止めたいです。
――「ジャンプ」という名を冠したのは、どういった意図があったのでしょうか?
浅田:現在は、歴史上類を見ないほど漫画の作品数が多い状況です。いま作家さんにとって一番苦しいことは「読者に認知してもらいにくい」「手に取ってもらうコストが上がっている」ことだと思います。
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認知してもらうためにも「ジャンプ」という名称を使うことが最善だということで、「ジャンプTOON」という名前で立ち上げることに決めました。
――ジャンプという名前に対する信頼感は強いと思います。
浅田:「週刊少年ジャンプ」は1968年創刊、去年が創刊55周年でしたが、作家さんや編集さんといった先人たちが高く積み上げた信頼があります。その名前を使うことは決して軽々しい気持ちではありません。そこに恥じないような、本気をすべて叩きつけようと決意しています。
集英社の強みは「才能」との繋がり
――後発の存在であるジャンプTOONが縦読み漫画を始めるにあたり、強みはどこにあると考えられていますか?
浅田:集英社の強みは、やはり「才能」との繋がりじゃないでしょうか。漫画家さん、小説家さん、脚本家さん、イラストレーターさん……ずっと出版物を作ってきたが故に、作り手とちゃんと付き合い続けています。
なので、まず作家さんのクリエイティビティを最大限に活かせる作品をたくさん作っていくのが、勝ち筋というか、アイデンティティだと思います。
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――「週刊少年ジャンプ」はもちろんですが、最近では「少年ジャンプ+」がヒットコンテンツを続々と生みだす圧倒的な存在として君臨しています。その一因は浅田さんがおっしゃるような「作家のクリエイティビティを活かす」という姿勢にあるのでしょうか。
浅田:そうですね。我々としては読者も大切ですが、当然、作家さんのことも大切に思っています。なので、作家さんが作品を発表しやすい環境を作るということ、発表された作品を最大限に広めていけることが一番大切なのだと思います。
――ジャンプTOON作品は異世界転生など縦読み漫画らしい作品が多いと思います。「ジャンプらしさ」はどのように意識していますか?
浅田:「ジャンプらしさ」というのは、人によって違います。作家や編集者が「これが面白い」「これが一番売れるんだ」と考えて懸命に作り上げたプロダクトを集めることが「ジャンプらしさ」だと思っています。
縦読み漫画はスマホ閲覧にストレスが少ない
――縦読み漫画を作ってきて、これまで浅田さんが作ってきた従来の漫画との違いは感じましたか?
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浅田:横読みに比べて縦読みの方が、より文字を追うメディアだと感じています。
――「絵」ではなく「文字」を追う、ですか。
浅田:横読みの漫画って見開きだったり、コマの大小だったり、めくりなどの技術で、「ここがすごく重要なポイントですよ」と、作り手側が無意識にメッセージを送ることが出来ます。でも縦読み漫画では、読者が、どこが重要かを自分で感じなくてはいけません。
――たしかに、読みで読むとページが流れてしまいがちですよね。
浅田:一方で、縦読みはセリフの大きさをスマホサイズに最適化できるので、圧倒的に文字が読みやすい。横読みは、ページをコマで割る、割ったコマの中に吹き出しを作る、吹き出しの中にセリフを入れる、という構造なので、どうしても文字が小さくなってしまいます。
どちらが良い悪いではなく、それぞれに得意な面があるということですね。
「ジャンプTOON」で人気の王道エンタメ『ラスボス少女アカリ~ワタシより強いやつに会いに現代に行く~』
――ここからは浅田さんに「ジャンプTOON」の注目作を3つ紹介していただきます。まずは『ラスボス少女アカリ~ワタシより強いやつに会いに現代に行く~』。
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浅田:本作は「悪いやつをスカッと殴る」という、シンプルに気持ちがいいエンタメの王道的な作品ですね。王道をやるなかで「これが面白い」と思ってもらうには、構成力だったり、キャラクターだったり、突出したポイントが必要だと思うんです。
――本作は、どのあたりがポイントだと考えていますか?
浅田:まず、原作の岸馬きらく先生が、素晴らしいストーリーを作ってくれています。起こしは「なろう系」のベーシックな形から入って、そこから「ジャンプ作品系」の熱いバトル展開にシフトしていく、丁寧に個性を出していった印象です。
――戦闘シーンは動画を観ているような臨場感がありました。
浅田:作画部分は酒ヶ峰ある先生(キャラデザ・ネーム・作画・着彩担当)が本当にいい顔を描きますね。0.5mm線がズレてもこの表情の力にはならないので。アクションなども秀逸なんですけど、感情表現のこだわりがあるから、これだけ魅力的なキャラクターとして描けているし、読者にも伝わるのでしょう。
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女の子の圧倒的かわいらしさ『伝説の暗殺者、転生したら王家の愛され末娘になってしまいまして。』
浅田:主人公が圧倒的にかわいいですよね。物語ってお客さんの心に訴えるスペシャルな部分がないと面白さを感じないんです。例えば『アナと雪の女王』はあの素晴らしい楽曲がスペシャルな部分でしょうし、それが無ければ脚本がどんなに良くても大ヒット、までいったか疑問です。
――本作でいうと、やはり「絵のかわいさ」がスペシャルなポイントでしょうか。
浅田:そうですね。役者の格というか、主演の女の子の圧倒的なかわいらしさ。ギャラの高い子供の役者ですね。この子がいる限り、読者はみんな作品を追っかけてくれるのでしょう。
――いかにも西洋ファンタジーらしい世界観もとても素敵だと思いました。
浅田:衣装や背景美術も素晴らしいです。ゴージャスな作品になっています。
斜線堂有紀の才能が遺憾なく発揮『きみのためのエデン』
――最後にご紹介いただくのは『きみのためのエデン』です。
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浅田:担当者が「斜線堂有紀先生という破格の才能にミステリー以外の作品を書いてもらいたい」と思い、スタートした企画です。「ラブコメ」をオーダーしたところ、当初は「『五等分の花嫁』みたいなハーレムものがやりたいです」とおっしゃっていたらしいのですが、想像をはるか上をいく企画の形を提示されました。才能を持った作家にフルスイングしてもらっている企画というのが伝わるとうれしいです。
――恋愛、デスゲーム、ミステリーと要素モリモリですよね。
浅田:そうですね。『エデン』は作品に含まれるアイデアの数が圧倒的だなと思います。毎話見どころを作り出していて、とにかく手数が多いですよね。キャラクターや要素が多いほど展開をシミュレートするのが大変なので、こういった作り方はとても難しいはずなんですけど、斜線堂先生はそれをやってのけるんですよね。
――ハーレム要素もあり、多彩なキャラクターのビジュアルも魅力的ですよね。
浅田:作画は、Whomorさんという制作スタジオにお願いしています。かわいいラブコメから迫力があるアクションまで得意なスタジオで、本当に良い作画をしていただいています。
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――ヒロインたちが並ぶ背景にイメージカラーが塗られていているのも、フルカラーの縦読み漫画ならではだと思いました。
浅田:「アカリ」はアクション演出、「暗殺者」は華やかさ、「エデン」はヒロインの魅力など、フルカラーだからこそ、の魅力をお届けできていると思っています。
議論を呼ぶ作品も内包する場所に
――これまで作品のことについて伺ってきましたが、最後に改めて「ジャンプTOON」の未来について教えていただけますか?
浅田:繰り返しになってしまいますが、たくさんの作家が多様性のある作品を生みだせる場所でありたい、ということですね。すごくフワッとした言い方になってしまうんですが、僕は「正しい作品」じゃないものも好きなんですよ。
――「正しい作品」とは?
浅田:ふんわりした言い方になりますが、広く読者に愛されて「この作品が好きだ」と公言しやすい作品を、個人的に「正しい作品」と言っています。でも、他人には言いづらいけど、自分はたまらなく好き、という作品もあるじゃないですか。僕は「ジャンプTOON」がそういった作品を内包するような場所であってほしいと願っているし、あわよくば、そうした作品の中からヒット作が出てほしいと思っています。
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――最後に、今後の編集者としての目標があれば、教えていただけますでしょうか。
浅田:常に目先の事をやっているだけですから、今後の目標と言われると難しいですが……。自分の経験を若手に伝えたり、会社の環境を整備したりして、下の世代が漫画を作りやすい土壌を繋いでいくことが個人的な目標ですね。
――本日はありがとうございました。ジャンプTOONの益々の発展を楽しみしております!
浅田:日本産の縦読み漫画が、電子で世界中の読者に読まれる、買ってもらえる、という状況になるまで5年はかかると思います。
そのなかで「ジャンプTOON」が存在感を示せればうれしいですね。私が定年退職になる前に、できるだけのことがやれたらと思います(笑)。
取材=金沢俊吾、文=一ノ瀬謹和、撮影=干川修
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