
現役の喜劇役者として現在も活躍中の大村崑さん(93)が、このほどエッセイ集『93歳、崑ちゃんのハツラツ幸齢期』(中央公論新社)を上梓された。86歳からはじめた筋トレのこと、シニアレジデンス(自立型有料老人ホーム)での日々、生涯を振り返って胸に残る大事なこと…人生の大先輩の貴重なメッセージがつまった一冊は、終活世代だけでなくさまざまな世代に参考になるだろう。出版を記念して、今も「元気ハツラツ」な大村さんにお話をうかがった。
新幹線に乗るときもオロナミンCを片手に
――大村崑さんといえば「元気ハツラツ オロナミンC」。今も街で看板を見かけたりします。今日も胸にバッジをつけていらっしゃいますね。
大村崑さん(以下、大村):僕は新幹線に乗るときも、オロナミンCを持ってますよ。僕のことを見つけたお客さんから写真を頼まれたりするときに、オロナミンCを出すんです。僕とオロナミンCは親戚みたいなもんだから、笑ってくれるしね。最近、昭和レトロブームで看板の画像を使わせてほしいって連絡が僕のとこにくるんですよ。もう大塚製薬で当時担当していた人は誰もいないからね。なんで「僕の許可があったらオッケーです」って言ってます。このバッジも自分で作ってるのよ。お世話になった人にあげたりして。
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――その「元気ハツラツ」のイメージだったので、実は本書で大村さんの若い頃のご苦労を知って衝撃を受けました。
大村:僕は喜劇役者でしょ。人生で「どん底」を経験している人は必ず立派な喜劇役者になるんですよ。チャップリンや森繁久弥さんもそうですが、僕も自慢じゃないけど、人生ではどん底を見てきたんです。小2の時に父が腸チフスで亡くなったので、「チフスの子はあっちいけ」って近所でもいやがられて。それで僕は父の一番上の兄のうちに養子に行かされたんですが、その家のおばさんがとんでもないキツいおばさんでね。殴られて片っぽの耳が聞こえなくなっちゃった。それから小学校で先生が放ったボールが目にあたって弱視になって見えなくなった。生まれつき虚弱体質で、子どもの頃から病気ばっかりしてましたけど、19歳のときには結核を患って片っぽの肺も取ったしね。でもね、健康な人に負けないぐらい「笑い」の力は持ってました。
――本当に壮絶で驚きました。普通なら「恨み」のようなマイナスの感情に凝り固まってしまいそうです。
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大村:僕の心の中の風呂敷っていうのかな、笑いの倉庫みたいなのがあってね。楽しかったやつはそこ、そうでなかったものはこっち、気持ちのいいものはあそこ、嫌なものを見たらこっちの下とかに入れちゃうんですよ。そうやってると、どんな感情もみんな芸の役に立つんですよ。
――しんどくても前に進んでいけたのは、何か支えがあったのでしょうか。

大村:それは友達ですよね。僕には腹割って助けてくれる友人が3人いました。寅さんこと渥美清と谷幹一と関敬六です。この3人がまだ全然売れないトリオを組んでいた頃、関西から東京にきた僕を助けてくれた。当時は関西の喜劇人はちょっと下にみられてて、いじめられることも多かったんですよ。東京に行くといつも谷やんの東京タワーが小さく見えるアパートに集まってね。渥美さんも結核の手術を受けていたから「崑ちゃん、お互いに右の胸がないんだからな。無理したらダメだよ」って言ってくれてね。
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――本にも書かれていましたが、素敵な関係ですね。今はなかなかそんな深いつながりが作れない人も多いですから。
大村:今はこれ(スマホ)があるのが良し悪しですよね。当時はこんなものはないから、自分で行って、自分の目で確認して、物を言ったり、行動に起こすしかないから、真の友情ができたのかもしれない。でもね、3人とも死んじゃったからね。葬式では本当に泣きましたよ。会えないときは電話ばっかりかけてたから、今でも携帯の電話番号は消してません。でもね、電話をかけたって出ないんですよ。さみしいよね。
部屋から一歩出たら「大村崑」になる
――本にはそうした大村さんの半生のお話だけでなく、奥様の瑤子さんと過ごされているシニアレジデンスでの暮らしについてもいろいろ書かれています。老後のヒントを得る方も多いと思いますが、部屋の外に一歩出たら「大村崑」の顔で過ごされるそうですね。疲れたりしませんか?
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大村:いや、疲れないな。舞台とかテレビは共演者がいるけど、生活は「自分」だからね。いつも部屋から出るときは「今から行ってくる」ってびしっとして出るんですけど、瑤子さんも厳しくて「もっと背中伸ばして。おじいさんになってるよ!」とかチェックしてくれるんですよ。「はいっ」って直して、「行ってきます!」ってクルッと回ったら「大村崑」になります。食堂に行けば住人の方と会うんで、「何食べたの?」「今日の肉はうまいよ」「そりゃええね。肉にするわ」とかすれ違いざまに会話してね。向こうの方で誰かが手を振ってたら、「おおーっ」て手を振るしね。そんなんしてると「大村崑さんは面白い」という噂がいっぱい立ってくるんですよ。やっぱり「面白い大村崑」でなかったらあかんでしょ。怖い顔してたら大村崑じゃないでしょ。「疲れるだろうな」と皆さん思うか分かんないけど、僕にしたら楽しいんですよ。大きな舞台みたいなもんですからね。
――住人の方と積極的にコミュニケーションを取る姿勢が素敵ですし、日々を楽しく生きるコツにもなりそうです。コミュニケーションが苦手な人の場合はどうしたらいいと思いますか?
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大村:おしゃべりの人と一緒に旅でも行くのが一番いいね。一緒に街歩いてみるとか、散歩してくるぐらいでもね。不思議とそういうことして帰ってくると、その人の友達とも仲良くなったりしますからね。なんかそんなきっかけがあればいいね。たとえばうちのレジデンスには、エレベーターに催しものの情報が貼ってあるんですけど、そういうのに参加するとかね。なかなか参加できない人がいたら周囲の人が誘って引っ張り出したらいい。
――本によれば家ではちょっと怒りっぽいときもあるとか?
大村:もし怒ったらすぐ笑う。怒ったその瞬間に笑いの台詞が出てくるんですよ。それでみんな、ポッと笑う。怒りっぱなしはいけません。そのままドーンと帰ったら、雰囲気が悪くなっちゃう。昔、劇団の中に怒って僕に噛みついてくるやつがおったけど、そういう人は何だかいづらくなってやめていきましたね。
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――レジデンスにお住まいの方は60歳以上ですが、それよりも若い世代とはどんな風につきあっていますか?
大村:僕は週に2回近所のジムに通ってますけど、そこにいるトレーナーが20代ばっかりでね。みんな褒めてくれるんですよ。「よくできましたね。崑さん!」とかってね。あとね「崑さんと話してると、元気になる」とも言ってくれます。崑さんが来るとジムの空気もよくなるって。こっちも褒めますよ。前にお世話になったトレーナーが素晴らしくてね、体つきがスーパーマンみたいだから「スーパーマン」って呼んでたんだけど、彼が辞めるときに「スーパーマンと呼んで大事にしてくれてありがとうございます。本当のスーパーマンはあなたです。これからもお元気で」と書かれたメッセージカードをいただいてね。あれは泣いたね。
――本で「威張るな、怒るな」という心掛けを紹介されていましたが、そうしたことも効いてそうですね。
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大村:役者の世界では下に厳しい人が多かったんですよ。挨拶に行ってもこっちを見てくれないとかね。でもそういう人は、早く逝っちゃうね(笑)。
筋トレのおかげで8時間睡眠

――先ほどジムのお話が出ましたが、本書でもうひとつ驚いたのは86歳から筋トレを始められたことです。奥様によれば筋トレを始めたことで自信がついて老いに対する恐怖がなくなったとか。
大村:ぜひ若い方にも筋トレをお勧めしますよ。僕は片っぽの肺がないので、人生で大事なことは「眠ること」だと思っていて、今も8時間寝ます。この歳だと寝るのにも体力がいりますけど、無呼吸症候群用のマスクをつけて電気を消したらすぐ眠れます。それができるのも筋トレが大きいんです。それから食事はよく噛むことね。毎日食べるようにしているブロッコリーも60回噛んでいます。噛むことは喉の筋トレになりますから。
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――本には健康法もいろいろ紹介されていますが、いかにそれが効くかは93歳の大村さんの元気なお姿がなによりの証拠ですね。それにしても93年で世の中はずいぶん変わったと思いますが、変わっていく世の中をどう感じていますか?
大村:今は若い人たちが出ているテレビを見なくなりましたね。下ネタとか人を叩いたりとかでみんな笑っていますが、それらは僕らが喜劇役者としての教育を受けたときに「したらいけない」と言われていたこと。下ネタ・暴力で笑いをとるのは品がないから見たくない。だからチャンネルをどんどん変えて、昔の古い映画を観ています。
――今の時代はいろいろ選べますもんね。とはいえ新しい物すべてを否定されているわけではないですよね?
大村:スマホも使うし、最新の補聴器も使いますよ。あんまり難しいことはできないから、できる範囲でね。無理して新しい物に触れる必要はないけれども、否定する必要もないからね。でも自分が違うなって思うセンスのものは使わなくていい。
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――そういう柔軟性も大事ですね。そしてお話をお聞きしていて「人」がお好きなんだとも感じました。
大村:子どもでも大人でも、それこそよたよたしているおじいさん、おばあさんでもね、笑ってくれるとうれしいしね。いつもレジデンスの食堂で食事していると、みんな僕の話に聞き耳たてていたり、「隣に座っていいですか」と寄って来る人もいっぱいいるんですよ。そうすると花が咲くっていうかね。そういう時は「ノッてるノッてる」と思うわけです。反対に「今日は、いいお客さん少ないな」と思うときは早めに終わって、さよなら。ほんと毎日が舞台ですよ(笑)。
取材・文=荒井理恵 撮影=島本絵梨佳
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